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コラム

注文した住宅の瑕疵の有無が争われた事案(東京地判令和5年2月1日)

1 事案の概要

  本件は、2棟の一戸建て住宅の新築工事の設計及び施工を一括して発注した者が、工事に瑕疵がある等と主張して、建築会社に対し、①工事の瑕疵について、請負契約上の瑕疵担保責任に基づく瑕疵修補に代わる損害賠償請求及び②被告が工事完成後のメンテナンスを行っていないことについて、メンテナンス合意違反の債務不履行に基づく損害賠償請求として、補修費用等及び遅延損害金の支払を求めた事案。
 主たる争点は、①各種瑕疵の有無と損害額、②損害賠償請求権の期間制限、③慰謝料請求の可否についてである。

2 裁判所の判断

(1)各種瑕疵の有無について

ア 鉄柱の根がらみを切断した瑕疵について
 根がらみを切断するに当たっては、施工者として、鉄柱の設置目的を考慮し、各鉄柱の固定性を確保すべく、その基礎構造計算の上、支柱の基礎形状や根入れ深さの検討を行うべきであった。それにもかかわらず、これらの検討をせず根がらみを切断したことにより、各鉄柱の固定度を低減させことは、契約上求められるべき水準に達しない施工をした瑕疵があるとした。なお、サービス工事であるとしても、施工水準に満たない施工は許容されるものではないとした。

イ 基礎前面の被り圧不足について
 基礎全面においてかぶり厚が不足していた部分は、補修工事により補修され、補修部分の基礎の質及び耐力が低下していることを認めるに足りる的確はなく、一定期間、定期的な点検及び防水材の塗布が必要であることを示す的確な証拠はなく瑕疵ではないとした。

ウ 基礎のシース筋の過大な台直しを行った瑕疵について
 台直しを行ったシース筋の一部に、鉄筋コンクリート造の配筋の指針として規定された傾斜の基準(日本建築学会の鉄筋コンクリート造配筋指針・同解説)である6分の1を超える傾斜となったこと部分があり、構造耐力が正規のシース筋よりも劣る状態となっていることが認められることから、その部分については、一般的な施工水準として許容されず、あるべき施工内容に関する当事者の合理的意思に反し瑕疵に該当するとした。なお、注文者は、修復不能な瑕疵と主張したが、裁判所は修復可能とした。

エ ボイド(紙製の円筒)を残存した瑕疵について
 ボイドの除去作業を行ったものであり、その多くが基礎の中に残っていることを認めることはできず、仮に一部残存していたとしても、残存しているボイドがどの程度あって、それがどのような状態となることにより基礎に影響を及ぼすかという機序が明らかとなっているものではなく、ボイド全てを取り除かない場合、ボイドが水分を吸ってしまい、近くの鉄筋に悪影響を及ぼすことになるとの原告の主張については採用できないとした。

オ 主要鉄筋を切断した瑕疵について
 主要鉄筋を切断した事実は認められるが、他方、建築会社は、主要鉄筋の補強のため、当該箇所にステンレス板を張り、壁面全体にGRC板を張って、新たな壁板を設置したり、炭素繊維による補強工事を行ったりしたこと、その結果、補強後の本件1の建物は、構造計算上、問題がない状態となっていることが認められ、相当な補修がされているものと評価でき、瑕疵に当たらないとした。

カ 換気システムの瑕疵について
 喚起ステムは、対象建物において、想定されていたどおりの空気の流れを発生させることは困難であったことから、当該換気システムの設置という設計自体に問題があり、設計瑕疵があったとした。なお、損害としては、設置費用のみ認め、注文者側が主張した他のシステムの設置費用までは認めなかった。

キ 塩ビ管や電気コードが貫通している基礎の内側に防錆塗料を塗布した瑕疵について
 建物の外部北側の分電盤下の電気幹線のスリーブ及び外部西側の基礎電気幹線のスリーブに、防錆処理のためにタールエポキシを塗布したことが認められるが、通常、埋設配線はCD・PF蛇腹管に納めて埋設するため、揮発性トルエン(タールエポキシ)の影響はないことがうかがわれ、また、電気配線に揮発性トルエン(タールエポキシ)が直接塗布されたことを認めるに足りる的確な証拠はないから、施工が施工水準に劣るものであることを認めることはできないとした。

ク 給排水管の図面を作成していない瑕疵について
 建築会社は、建物の設計及び施工を一括して請け負ったものであるから、完成後の給排水管の配管図を作成し、注文者に対して配管の状況が判明する資料を引き渡す債務を負っていると認められ、瑕疵に当たるとした。

(2)損害賠償請求の期間制限について

 当事者間の交渉経緯において、建築会社の担当者が「鉄筋の切断および台直しの点について、基本的に当社側の落度により原告にご迷惑とご心配をおかけしていることから、「出来るだけのことを致します」と申し述べて、瑕疵に当たるかどうかに関わりなく、原告の要望、苦情に応えてきたものです。」と記載されているとおり、建築会社側として、誠意をもって対応したいとの努力目標を述べたものであり、直ちに何らかの合意をしたとは認められない余地があるものというべきであることから、これをもって注文者が期間内に権利保存行為を行ったとは言えないとした。

(3)慰謝料請求について

 瑕疵の有無、程度、その他本件の一切の事情を考慮しても、本件において、注文者に金銭をもって慰謝すべき程度の精神的損害が生じたとは認められないとした。

3 コメント

 瑕疵の判断について、技術的なものについては、的確な技術的な根拠が示されない限り、裁判所としても安易に瑕疵とは認めません。また、慰謝料については、通常、瑕疵が修補されれば足りるとし、認めない傾向にあります。また、権利保存行為は客観的に明確に行うことが必要です。

(2024.1.28)

マンション管理組合が区分所有者に対し、区分所有法57条1項に基づき、水漏れ防止措置を求め認容された事案(東京地判令和4年7月20日)

1 事案の概要

 本件は、マンション管理組合が、区分所有者居室内の浴室から階下に水漏れが生じており、このことが区分所有法6条1項所定の区分所有者の共同の利益に反する行為に該当すると主張して、区分所有者に対し、主位的に区分所有法57条1項に基づき、浴室について防水工事を施工することを求め、予備的に区分所有法6条2項、57条1項に基づき、原告が本件浴室について防水工事を施工することの承諾等を求めた事案である。
 主たる争点は、区分所有者居室内の浴室から漏水が生じているかである。

2 裁判所の判断

(1)区分所有者居室内の浴室からの漏水の有無について

 被告である区分所有者は、管理組合又は漏水被害のあった区分所有者等の代理人弁護士から、相応の根拠(調査液注入試験(ポスト工法)、注水試験(W.I.T)及び水圧・散水試験の各方法により行われ、前2つの試験により漏水確認)に基づき漏水の補修工事を施工することを求められても一向にこれに応じようとしないのであって、被告区分所有者居室内の浴室からの漏水により、少なくとも階下の区分所有建物の浴室天井部に継続的に漏水を生じさせており、ひいてはマンション自体にも損傷を生じさせているものである。そうすると、被告区分所有者は、建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をしており、今後もその行為をするおそれがあるといえるから、管理組合は、本件マンションの区分所有者の共同の利益のため、その停止等のため必要な措置を執ることを請求することができる(区分所有法6条1項、57条1項、3項)。そして、浴室について防水工事を施工することは、上記の必要な措置に当たるといえる。

3 コメント

 区分所有法6条1項は、「区分所有者は、建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をしてはならない。」と定めています。同条違反としては、管理規約に違反した専有部分を利用した場合(民泊、風俗営業等)、専有部分から悪臭、騒音が生じた場合、共用部分が棄損された場合等が挙げられ、多くの訴訟が提起されていますが、本件は、漏水により階下の住人等が被害に遭ったという事案で、少し特殊な事案です。
 本件では、階下の住人が直接、不法行為に基づく損害賠償等を請求することも考えられましたが、複数の住民に被害が生じており、漏水という性質からマンション自体にも損傷が生じているということで、管理組合が原告となって訴訟を提起し、裁判所も共同の利益に反すると判断したものと考えられます。

(2024.1.21)

マンションの区分所有者が管理組合に対し、管理費から自治会費を支払うとした管理規約の無効確認等を求めた事案(東京地判令和4年7月20日)

1 事案の概要

 本件は、マンションの区分所有者が、①管理組合に対し、管理組合が自治会に団体として加入し、管理費から自治会費を支払う旨の管理規約及び管理組合が自治会を脱退する場合には全体総会の特別決議を経る旨の管理規約がいずれも無効であることの確認請求、②管理組合が各定期総会において、管理費から自治会費を支払う内容の予算案を承認した各決議がいずれも無効であることの確認請求、③区分所有者が管理組合に支払った管理費のうち、区分所有者が自治会を退会した日以降に管理組合が支払った自治会費相当額について不当利得に基づく返還請求をこうした事案である。
 主たる争点は、①自治会に関する各条項の定めが管理組合の目的の範囲内といえるか、②実質的に区分所有者の自治会退会が制限されているかである。

2 裁判所の判断

(1)自治会に関する各条項の定めが管理組合の目的の範囲内といえるかについて

 自治会は、管理組合が管理する建物等の対象範囲と活動地域が一致し、自治会の基本方針に各マンションの生活環境の改善・向上のための活動が含まれ、自治会は各マンションに係る防災・防犯・清掃活動、各マンションの価値の維持・向上に資する近傍の美化活動・住環境改善活動を行っていることからすると、自治会は、管理組合の建物等の管理に含まれる活動を基本方針とし、実際にも各マンションの建物等を維持していくために必要かつ有益な活動を行う団体であるといえる。したがって、自治会に加入することを被告の規約に定めることは、建物等の管理に関する規約として被告の目的の範囲内ということができる。
 また、自治会への加入が建物等の管理に必要かつ有益であるといえる以上、任意加入団体としての自治会が管理組合の目的に含まれない他の活動を行っていた場合であっても、本件自治会への加入が被告の目的の範囲を逸脱することとなるものではない(なお、イベント(催事)やサークル活動についても、その目的・内容によっては、マンション及び周辺の居住環境の維持向上に資する活動として、被告の目的に含まれる場合があり得るものと解される。)。
 もっとも、管理組合と自治会との関係に照らして、自治会への加入及び脱退を定める管理規約の各条項が、区分所有法に定められた管理組合の規約事項を潜脱する意図で定められたことが明らかであるなどの特段の事情が認められる場合には、管理規約の各条項の効力が否定される余地もないとはいえない。
 本件では、管理組合と自治会は、共通の目的を有する関係にはあるものの、自治会は管理組合の業務に協力し、その対価としての性質を有する自治会費を受領する一方、自治会の活動内容はその基本方針に沿って自治会が独自に策定しているということができる。そうすると、管理組合と自治会は協力関係にある別個の独立した団体であるといえるから、自治会への加入が管理組合の規約事項を潜脱する目的で定められたものと評価することはできない。

(2)実質的に区分所有者の自治会退会が制限されているかについて

 管理組合が自治会に支払う自治会費は、管理組合が団体として支払義務を負う会費であり、観念的には構成員である区分所有者が拠出した管理費がその原資に含まれ得るものであるとしても、そのことによって管理組合の一構成員である区分所有者が自治会に自治会費を支払ったこととなるものではない。
 もっとも、管理組合の支払う自治会費が、管理組合の組合員の数や戸数に応じて算出されるなど組合員の支払うべき自治会費を管理組合が代わりに支払っているといえる実態が存在するのであれば、形式的には団体として負担する自治会費であったとしても、その実質は各組合員が負担すべき自治会費を管理組合が代理徴収して支払ったものと評価する余地があるといえる。
 本件においては、管理組合が支払った自治会費は、各年度ごとに自治会から予算要求を受け、自治会の活動内容を踏まえて定められた金額であると認められ、管理組合の組合員数や各マンションの戸数に対応して定められたことをうかがわせる証拠はない。また、管理組合細則において、管理組合の支払う自治会費は、管理組合が自治会に業務の一部を委任し又は管理組合業務の補助を受けることの対価としての性質を有することが確認され、そのことが管理組合と自治会との間で確認されていることからすれば、管理組合の負担する自治会費は、管理組合の組合員が支払うべき自治会費を代わりに支払ったものではなく、自治会の行う活動のうち管理組合業務に関連する活動の対価の位置づけで支払われているものということができる。そうすると、管理組合が支払う自治会費は、自治会の活動内容に即して、自治会からの予算要求を受けて支払われているもので、自治会の被告の業務に関連する活動の対価として位置付けられているものであるから、管理組合が組合員の支払うべき自治会費を代理徴収して支払っているものと評価することはできない。
 よって、管理組合の組合員の自治会に対する脱退の自由を侵害することにはならない。

3 コメント

 管理組合の管理費と自治会費の徴収、管理が峻別されていれば、本件のような問題は生じませんが、本件では、管理費として徴収した中から自治会費が支払われていることから、それを定めた管理規約の有効性が争われるとともに、自治会からの脱退の自由が侵害されているかが争われました。
 裁判所の判断は、管理規約は有効であり、区分所有者が自治会から脱退する自由も侵害されていないと判断しましたが、大きな理由は、自治会の目的が管理組合の目的を包含しており、支払われた自治会費が管理組合の組合員数や各マンションの戸数に対応して定められた金額ではなく、管理組合から自治会に対する支払は管理組合業務の助力に対する対価であったという点が重要であったと考えられます。
 なお、区分所有者が管理組合や自治会に対し、管理組合が管理費と一緒に徴収した自治会費の返還を求めた裁判例がありますが、こうした事案では、管理組合が自治会費名目で徴収しいるという事実関係を踏まえ、区分所有者の主張が認められています(東京地判平成19年9月20日、東京高判平成21年3月10日(自治会に対して返還を求めた事案))。一方、本件と同様に、管理組合が管理規約に基づき町会費を負担していたという事案では、町内会費を納入し、町内会に協力することも管理組合の業務に含まれるとして管理費から町会費を支出する旨の総会決議を有効としています(東京高判平成24年5月24日)。

(2024.1.8)

管理組合が前任の管理者に対して、特別修繕費を回収せず時効により消滅させたとして損害賠償請求した事案(東京地判令和4年9月30日)

1 事案の概要

本件は、マンションの管理組合が、前任の理事長で区分所有法25条所定の管理者であった者に対し、同人が区分所有者らから特別修繕費の回収を怠った結果、特別修繕費債権が時効消滅したことにより同額の損害を被ったと主張して、債務不履行(善管注意義務違反)に基づく損害賠償請求をした事案である。

主たる争点は、前管理者の善管注意義務違反の有無、損害である。

2 裁判所の判断

(1)前任管理者の善管注意義務違反の有無について

 前管理者が特別修繕費の回収、管理をしていたと認められ、未払いを放置し、後任の理事長にも引き継がなかったことが善管注意義務違反に当たるとした。

(2)損害額について

 後任の理事長が速やかに回収に当たれば時効にかからなかったであろうとの主張については、前理事長が未収金の事実について引き継がなかったことにより、その発見が遅れたのであるから前理事長と損害の間に相当因果関係があるとした。

3 コメント

 管理者は善管注意義務を追うことになるから(区分所有法28条により委任の規定が準用される)、これに違反する損害賠償責任を負うことになります。後任への引継ぎも重要な業務となります。

(2024.1.6)

区分所有者が管理組合法人に対し、共有部分の管理義務を怠ったことにより占有部分に損害が生じたとして債務不履行、工作物責任に基づき損害賠償請求した事案(東京地判令和4年11月11日)

1 事案の概要

 本件は、マンションの区分所有者が、専有部分にシロアリ被害が発生したのは、管理組合法人がマンションの床下土壌部分に係る管理義務を怠ったことによるものであり、また、同床下土壌部分の設置又は保存の瑕疵があったことによるものであると主張して、債務不履行又は工作物責任(民法717条1項本文)による損害賠償請求として、修理費用等及び遅延損害金の支払を求めた事案である。
 主たる争点は、①管理組合法人が管理規約に基づく共用部分の管理義務を負うか否か、②管理組合法人が民法717条1項の工作物責任を負うか否かである。

2 裁判所の判断

(1)管理組合法人が管理規約に基づく共用部分の管理義務を負うかについて

 管理組合法人は、マンションの共用部分及び敷地の管理に関する事項は、総会の決議に基づくこととされ、保存行為を除いて区分所有者が単独でこれらの管理をすることはできないのであるから(区分所有法17条1項、18条1項、21条等)、管理組合法人はマンションの共用部分及び敷地の全般的な管理権限を有していることとなる。
 また、マンションの管理機規約において、区分所有者である組合員が、マンションの共用部分や敷地等の管理や修繕に要する費用に充てるため、管理及び共益の費用や積立金を負担する義務を負い、毎月定額の管理及び共益の費用を被告に納入することとされるとともに、積立金でまかなうことができない修繕、保守の費用については、特別積立金又は臨時費を負担する義務を負うこととされているのであり、これは、区分所有者全員によって構成される管理組合法人が、マンションの共用部分及び敷地等の管理について、権限のみではなく責任を負うことをも前提として、その管理に要する費用については、第1次的には被告が負担し、最終的には被告を構成する区分所有者全員が同費用を負担することを明らかにしたものと解することができる。このような区分所有法の定めやマンション管理規約の上記各規定の趣旨に照らせば、本件マンションの区分所有者は、本件規約により、本件マンションの共用部分及び敷地の管理について、被告がその責任において管理すべきことを定めているものと考えることもできる。そうすると、管理組合法人は、マンション管理規約に基づいて、個々の区分所有者に対し、管理組合の業務の1つである共用部分及び敷地の管理を適切に行うべき義務を負い、これを怠ったことにより区分所有者が損害を被った場合には、当該区分所有者に対して債務不履行責任を負うと解する余地がある。
 もっとも、シロアリ被害が判明する前に管理組合法人がマンションにおけるシロアリ被害の発生を予見することが困難であったことに加え、シロアリ被害を予防する防蟻処置を行う対象となるマンションの1階の床下部分を被告が日常的に管理すべき状態にはなかったのであるから、仮に、管理組合法人が、マンション管理規約に基づき、区分所有者に対してマンションの敷地である本件建物の床下土壌部分を適切に管理すべき義務を負っていたとしても、区分所有者の専有部分についてシロアリ被害が生じる可能性を予見することはできないというべきであり、上記管理義務の具体的内容として、専有部分たる建物に立ち入った上で専有部分の一部を損壊して防蟻処置をとるべき法的義務を被告が負っていたとまでは認められない。

(2)管理組合法人が民法717条1項の工作物責任を負うか否かについて

 マンションの敷地はマンションの区分所有者の全員の共有に属するものであり、その占有者は区分所有者全員であって、管理組合法人がマンションの敷地、ひいては区分所有者の専有部分の建物の床下土壌部分を占有しているとは認められない。
 また、管理組合法人は、マンション管理規約に基づいて、マンションの敷地等の管理を適切に行うべき義務を負うと解する余地があるものの、マンションは、その外部から区分所有者が専有する建物の1階の床下部分に出入りすることはできないという構造であり、当該建物を含むマンションの1階の床下の土を管理組合法人が日常的に管理することは極めて困難であることからすると、管理組合法人が、マンションの1階の床下部分について、占有者に準じた地位にあると評価することもできない。

3 コメント

 裁判所の判断は、管理規約の内容からすれば、共用部分についての管理権限を有しているだけでなく責任も有していたと考えらえるが、シロアリ被害の予見可能性がなかったとして、防蟻処理義務はないというものでした。また、工作物責任については、管理組合法人が占有者にも占有者に準じた地位にも当たらないとしました。管理組合を被告として民法717条1項の責任が問われた裁判例が幾つかありますが、基本的には、共有部分は区分所有者全員の共有であるとして、管理組合の工作物責任を否定しています。

(2024.1.6)

下請業者が元請業者に対して追加工事費の請求をしたのに対し、元請業者が瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求等をした事案(東京地判令和4年7月22日)

1 事案の概要

 本件は、内装工事の下請業者が元請業者の請け負った戸建住宅のリフォーム工事について、元請業者に対し、追加変更工事報酬を含む請負報酬の支払を求めたのに対し、元請業者が下請業者に対し、改正前民法の瑕疵担保責任に基づく修補に代わる損害賠償等を求めた事案である。
 主たる争点は、①追加工事代金支払い合意の有無、②瑕疵の有無、③瑕疵担保責任保険の保険金との損益相殺についてである。

2 裁判所の判断

(1)追加工事代金支払い合意の有無について

 住宅改修工事について、下請業者と元請業者で協議して、報酬額を400万円(税抜)として、その範囲で、見積書に記載されている工事内容を、間取りの変更を含めて、大幅に変更しており、その工事内容は当初の見積書記載のものから大きく異なっていたが、この変更によっては報酬額が変更されない認識で協議されていたことが認められる。
 そうすると、下請契約締結時より前に施工することになっていた工事については、特段の合意がされているなどの事情がない限り、報酬400万円(税抜)に含むものとして請契約が締結されていたものと推認できる。
 また、下請業者が追加工事であると主張するものについては、本工事に付帯する工事は当然に本工事の一部で追加工事に当たらず、当初の見積書に記載のない工事についても、上記のような契約の特殊性から、有償として追加の費用が発生する旨の説明がない以上、無償との合意が成立していたと推認できる。

(2)瑕疵の有無について

 耐震補強については、耐震診断が前提となるところ、これが予定されていなかったことから、可能な範囲で行うという程度の合意であり、瑕疵に当たらないとした。また、クローゼットのサイズ違いについては、その他事実関係から図面に誤記があったものとして、図面と異なることが瑕疵に当たらないなとした。雨水の侵入については、漏水検査が予定されていないことなどから可能な範囲で行うという程度合意であり、また、漏水原因と下請業者の作業との因果関係が不明であるとして瑕疵に当たらないとした。厨房の防水処理は立ち上がり不足を瑕疵としたが、元請業者の請求額は認めず、瑕疵の内容に応じた相当な費用の限度とした。

(3)瑕疵担保保険の保険金との損益相殺について

 保険金給付の前提となった保険事故の内容と下請業者の施工瑕疵の内容とは同一性を欠いているといえ、下請業者の施工瑕疵に基づいて保険金請求をした場合に保険金が支払われるか否か、保険金の支払によって、保険者が元請業者の下請業者に対する瑕疵担保責任に基づく修補に代わる損害賠償請求権について保険法25条1項による保険代位をするか否かは判然としないといわざるを得ないが、保険金請求の対象となる保険事故の内容は下請業者の瑕疵の内容とは異なるものの、同一の現象を対象として請求され、かつ、同請求において必要とされた工事は、元請業者が行なった工事や本件意見書で相当な補修方法と指摘されている工事の内容と重複する内容であるなど、下請業者の瑕疵によって生じた元請業者の損害と、保険金が前提とする被告の損害との共通性が認められ、元請業者が下請業者から賠償を受けた場合には、保険代位が生じないので、元請業者は保険金を保険会社に返金しない限り、保険金と併せて、共通性のある損害について、それぞれ金員を得ることで、二重の利益を得ることになる。以上の事実関係に照らすと、このような主張をすることで、元請業者が二重の利益を得ることは、信義則に反し許されないというべきである

3 コメント

 本件は、当初見積書の内容から工事内容が大きく変更されたが、報酬額は当初額のとおりという合意の成立があったとの認定を前提としているため、追加工事の多くは、追加費用の説明がなかたから当初の報酬額に含まれるものとしました。また瑕疵の有無についても、合意違反の瑕疵については、当初の契約の内容で予定されていなかった工事であるとして瑕疵ではないとされました。つまり、当初の契約が大きく工事内容を変更しつつ、報酬額を変えないというものであったことが影響していると考えられます。追加工事の場合は、その都度議事録を残しておくのが望ましいと言えます。

(2024.1.6)

マンション管理組合の管理者がマンションの施工を発注した会社等に不法行為に基づき損害賠償請求した事案(仙台地判令和5年2月20日)

1 事案の概要

 本件は、マンションの管理組合の管理者が、マンションの施工を発注した会社(Y1)、マンションの設計・監理をした会社(Y2)及びマンションの施工者から営業譲渡を受けた会社(Y3)に対し、マンションの共用部分に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があると主張して、区分所有法26条4項に基づき、マンションの区分所有者のために、不法行為(Y1からY3に対し民法709条、被告Y1に対し更に同法715条、Y1とY2につき更に同法719条)に基づく損害賠償と遅延損害金を請求した事案である。
 主たる争点は、①管理者の当事者適格の有無、②除斥期間の経過の有無、③出来高の評価である。

2 裁判所の判断

(1)管理者の当事者適格の有無について

 管理者が、区分所有者に分割的に帰属する損害賠償請求権について、訴訟追行をし、その判決の効力が区分所有者全員に及ぶとするためには(民事訴訟法115条1項2号)、管理者は、上記損害賠償請求権につき、区分所有者全員から訴訟追行権限を授与されていることを要するものというべきであり、区分所有法26条4項の「区分所有者のために」とは「区分所有者全員のために」を意味するものと解される。
 そして、本件各損害賠償請求権のような、共用部分に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があることを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権は、共用部分の共有持分権を有することに基づく請求権であり、区分所有者の共有持分に応じて分割的に帰属するものというべきところ、区分所有者が変動した場合、転得者たる区分所有者は、瑕疵の存在を知りながら、これを前提として区分所有権を買い受けたなどの特段の事情がない限り、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があることを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権を有するものと解される(最高裁平成17年(受)第702号同19年7月6日第二小法廷判決・民集61巻5号1769頁参照)。
 本件では、本件マンションの転得者が瑕疵のあることを知りながら、これを前提として区分所有権を買い受けたと認めるに足りる証拠はないから、本件各損害賠償請求権は、マンションの区分所有者全員に、その共有持分に応じて分割的に帰属するものと認められ、管理者は、本件各損害賠償請求権につき、「区分所有者のために」(区分所有法26条4項)訴訟追行するものということができる。

 また、管理者による仮住まい費用及び移転費用といった専有部分に関する費用や、専有部分を含む建替費用に係る損害についての損害賠償請求権の行使は、マンションの共用部分に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があることを理由とする不法行為に基づく損害として請求しているのであるから、これらについても「共用部分等について生じた損害賠償金・・・の請求」(区分所有法26条2項後段)に当たるというべきであり、管理者がその「職務(第2項後段に規定する事項を含む。)に関し」(区分所有法26条4項)、訴訟追行するものということができる。

(2)除斥期間の経過について

 除斥期間の起算点は、加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の場合には、加害行為の時と解され、加害行為たる建物としての基本的な安全性が欠けることのないように配慮すべき注意義務違反の終期は遅くともマンションの完成の時であり、遅くともY1が引き渡しを受けたときであり、区分所有者が引き渡しを受けたときではない。
 そして、本件では、それから20年が経過しているので、各損害賠償請求権は民法724条後段により、いずれも消滅したものと認められるとし、原告の指摘する最高裁昭和63年(オ)第1543号、平成4年(オ)第1460号同4年10月20日第三小法廷判決・民集46巻7号1129頁は、瑕疵担保責任による損害賠償請求権に係る除斥期間を定めた規定(民法570条、566条3項)に関するものであり、その期間も規定ぶりも異なる民法724条後段には妥当しないとした。
 なお、本件では、Y3が、スリーブ孔の補強工事を行うとともに迷惑料(補償金)を支払う意向を示していたことを認めることができるものの、新たな不具合の発覚後、管理組合とY1ないしY3は、スリーブ孔の補強工事の続行の可否や補償金の金額について対立していたことがうかがわれ、「確約書(案)」を含むY1らの通知には除斥期間の利益を放棄することを前提とする記載はないこと等からY1らが、除斥期間の利益を放棄したと認めることはできないとした。

3 コメント

 区分所有法26条4項は、「管理者は、規約又は集会の決議により、その職務(第二項後段に規定する事項を含む。)に関し、区分所有者のために、原告又は被告となることができる」と規定しています。そして、同規定の「区分所有者のために」とは、「区分所有者全員のために」を意味すると解されます。そうすると、マンションの管理者が区分所有法26条4項に基づき損害賠償請求訴訟の原告となるためには、マンションの区分所有者全員に損害賠償償請求権が帰属することが必要となりますが、本件では、マンションの数室が転売されていたことから、転得者に損害賠償請求権が帰属しているかが問題となりました。転得者が購入時に瑕疵のあるマンションとして購入していた場合等は、転得者に損害が観念できず、損害賠償請求権が転倒者に帰属しないものと考えられます。本件では、転倒者が瑕疵のあるマンションとして購入したと認める証拠はないとして、転倒者に損害賠償請求権が帰属することを認め、マンション管理者の原告適格も認めました。なお、本件では、瑕疵の修繕の際の仮住まい費用等の専有部分に関連する費用も請求していることから、区分所有法26条4項の「職務に関し」といえるかも争いとなりましが、これも認めています。
 また、本判決は、民法724条後段の期間について、除斥期間であるとし、裁判外の権利行使では足りず、裁判上の権利行使をする必要があると解するのが相当であるとしましたが、裁判外の権利行使で足りるとした裁判例(前橋地裁高崎支部判平成31年1月10日)もあります。もっとも、改正民法では、民法724条後段の20年の期間は除斥期間ではなく時効期間と改正されましたので、民法改正後の事案については、時効中断の規定が適用されます。

(2024.1.5)

区分所有者が管理組合に対し、区分所有者が負担した共有部分の修繕費用等について、不法行為に基づく損害賠償請求ないし不当利得に基づく返還請求をした事案(東京地判平成31年1月10日)

1 事案の概要

 本件は、マンションの区分所有者が、マンションの管理組合に対し、居室内に発生した雨漏りについて共有部分の修繕を依頼したにも関わらず、管理組合がこれに応じなかったため、区分所有者が管理組合に代って調査及び修繕をしたと主張して、主位的に不法行為に基づく損害賠償請求、予備的に不当利得に基づく返還請求をした事案である。
 主たる争点は、①漏水の有無、②不法行為の成否(故意・過失の有無)、③不当利得の成否である。

2 裁判所の判断

(1)漏水の有無について

 管理組合が行った実施調査は、調査実施の前日の朝には相応の降雨があったものの、その後24時間以上降雨がない状態で実施されたものであり、しかも、当時は7月中旬で、この間の最高気温は約29.5度、日照も相応にあったことが認められる。これに加え、出窓が建物の4階東側に位置しており、東及び南からの日当たりが良好であることなどにも鑑みれば、管理組合実施調査の実施時における出窓周辺は相応に乾燥していた可能性があり、赤外線カメラ(濡れているところと乾いているところとの温度差等を調べるもの)によって漏水の有無を判断することは困難であった可能性があるから、管理組合実施調査は、漏水調査としては不十分な調査であったといわざるを得ず、その信用性は高くないというべきである。

 他方、区分所有者実施調査は、出窓上部のコーキング部分等への散水と赤外線サーモグラフィーの併用による調査を行い、その結果として、コーキングの肌別れ部分に散水を行うと出窓上部のサッシ枠固定部から散水水が流れ出てくることから、外壁とサッシ枠接合面のコーキングの肌別れ部分から雨水が廻り込む漏水が発生しているなどと結論付けているのであり、その信用性は高いというべきである。
 以上によれば、遅くとも区分所有者実施調査が行われた頃には、本件出窓上部の外壁とサッシ枠接合面のコーキングの肌別れ部分から雨水が廻り込む漏水が発生していたと認められる。

(2)管理組合の故意・過失による義務違反の有無について

 管理規約の定めによれば、外壁は建物の共有部分であり、共有部分の管理については、管理組合がその責任と負担においてこれを行うものとされているから、管理組合は、出窓における漏水に関して、管理組合の責任と負担において管理修繕すべき義務を負っていたといえる。
 しかし、管理組合は、出窓に関して、専門家(一級建築士)に依頼して調査を行っていたのであるから、調査義務を怠ったとはいえない。また、調査の結果、漏水の事実が認められなかったとされた以上、管理組合において、漏水の事実を認めずに修繕工事を行わなかったことをもって、故意又は過失により管理修繕義務を怠ったとまではいえない。

(3)不当利得の有無について

管理組合は、出窓における漏水に関して、管理組合の責任と負担において管理修繕すべき義務を負っていたところ、区分所有者の依頼・要求にも関わらず、管理組合が結果として必要にして十分な調査を行わず、修繕工事も行わなかったことから、区分所有者において、漏水の原因の特定及びその解消のために、区分所有者実施調査及びこれに基づく本件工事を行い、その費用を支出したことが認められ、管理組合は、区分所有者がこれらに関して負担した費用について、その損失において法律上の原因なく利益(不当利得)を得たというべきである。

(4)不当利得の額について

 区分所有者の支出額が不相当であると認めるに足りる証拠はないから、同額が不当利得の額である。

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 管理規約により共有部分の修繕については管理組合が行うべきところ、管理組合が対応しなかったことから、区分所有者が自ら調査、修繕を行い、管理組合に当該調査委費用及び修繕費用を求め、これが認められたものであり、当然の結果であると考えます。
 問題は、管理組合が調査を依頼した会社の調査方法が必ずしも適切ではなかったということです。赤外線による漏水調査は、雨漏りで浸入した雨水が蒸発するときの気化熱を利用して雨漏り箇所を特定するもので、散水調査後または雨が降った直後に調べる必要があり、裁判所もこの点を指摘しています。

(2024.1.5)

設計監理を行う会社が発注者側の都合により一方的に契約を解除されたとして、履行部分に対する報酬を請求した事案(東京地判令和4年11月29日)

1 事案の概要

 本件は、建築の企画・設計・工事監理を主たる業務とする有限会社が、組合員の取り扱う医療資材、医療機器等の共同購入、組合員のためにする共同施設の設置及び管理運営等を行う組合設計課管理を行う会社に対し、主位的に、設計監理契約が設計管理業者の責めに帰することができない事由によって終了したとして、改正前の民法648条3項に基づき、既にした履行の割合に応じた報酬と遅延損害金を、予備的に、商法512条に基づき、相当報酬及び遅延損害金を事案である。
 主たる争点は、①設計管理契約の成否、②契約解除について設計管理業者側に帰責事由の有無、③出来高の評価である。

2 裁判所の判断

(1)設計管理契約の成否について

 発注者側が依頼のメールをしているが、理事会を経た後に正式決定をする旨の記載があり、報酬の額や支払方法等について具体的な協議も行われていないことから、メールの時点では設計監理契約の成立はしていないとした。
 一方で、両当事者の間で新築工事に関する打合せが繰り返し行われ、入居予定事業者や関係機関からのヒアリングなどを行われた上で、建物の平面図等を内容とする基本構想と題する書面が複数作成され、発注者に提出されていること、設計監理業者から発注者側代表者に建物に関する設計・監理業務についての注文書・請書案が提出され、発注者側の担当者から契約書を作成してほしいとの意向を受けて、設計管理業者が設計・工事監理業務の内容、同業務の期間、業務報酬の額、支払方法等について記載した注文書・請書の案を改めて作成し、発注者側の担当者ら送付していること、同注文書・請書の案の内容に対し、発注者側から何らかの異議が述べられていないこと、発注者側担当者から、契約がのびのびになっていて申し訳ないが、会議終了後だと落ち着かないので、改めたところできちんと落ち着いて契約したい旨のメールが送られていること、その後も、両当事者間で建物に関する打合せなどが行われていること等から、注文書・請書の内容により、建物についての設計監理契約が成立したものと推認することができるとした。
 なお、建築を予定した土地が開発許可の必要な市街化調整区域であったことから、発注者側から、開発許可を受ける前に設計監理契約を締結することはないとの主張がなされたが、開発許可申請に当たっては、建築面積や延べ床面積を明記した予定建築物の平面図、立面図等の提出が求められていること等から、開発許可申請を行うためには、開発許可申請業務と設計業務とは並行して進めなければならないものであったとして、発注者側の主張を排斥した。

(2)契約解除について設計管理業者側に帰責事由があるかについて

 発注者側が複数の設計管理業者の帰責性を主張したが、証拠上、主張の事実が認められないとした。

(3)出来高の評価について

 まず、基本設計について、建築主との協議を行い、建築主の建築物に対する要求その他の諸条件を設計条件として整理し、法令上の諸条件やインフラ設備の状況等についての調査及び関係機関との打合せを経た上で、基本的な設計方針を策定し、同方針に基づいて設計図書を作成するとともに、概算工事費の検討や建築主への説明等を行う業務であると解されるとし、本件では、設計管理業者は、発注者や入居予定者と繰り返し打合せ等を行い、その要望等を聞き取った上で、各室リストや平面図等を内容とする基本構想と題する書面を複数作成し、その中で、各時点における被告や入居予定者の要望事項等を設計条件として整理しており、同基本構想の内容に関しては、打合せの中で、発注者側に説明、報告をしており、建築条件の調査等を行っているが、契約終了時点においても、建物の各室の配置や用途等については、未だ最終確定には至っておらず、引き続き、発注者らの要望等のヒアリングや図面の修正等が予定されており、設計管理業者が作成した基本構想においては、外装・内装の仕上げ、設備の性能目標及び仕様、耐震性能及び構造性能の目標や構造方法などについては盛り込まれておらず、立面図や断面図、工事費用についての概算見積書も添付されておらず、役所関係は一度訪問したにとどまり、建築確認申請の関係機関については、指定確認検査機関に一度架電し、一度訪問したにとどまる等として、設計管理業者の履行割合を基本設計業務の約40%とした。
 その上で、一般的に、設計監理業務全体の中での設計業務の割合が80%、そのうち基本設計の割合が29%とされているとし、契約金の額×80%×29%×40%の計算で出来高を算出した。

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 設計管理契約や工事請負契約において、正式に書面で契約を締結する前に業務が進み始めることがあります。特に、設計業務の場合は、契約前の営業行為としての無償か、契約に基づく設計業務として有償かが争いとなることがあります。その場合、当事者間のやりとり、特に、業務の内容や報酬額等の契約の主要な部分が特定され、当事者間において確認されていたかが重要となります。本件では、これらの事実関係を詳細に認定し、契約の成立を認定しました。そして、出来高については、設計監理業務全体における基本設計の割合(設計業務80%、基本設計29%)を前提に、業者が実際に行った業務の割合を認定し(専門家調停委員が算定)、最終的な報酬額を算出しました。

(2024.1.2)

隣地での工事により建物の傾斜等の被害を被ったとして、隣地所有者、解体業者、新築工事請負業者に損害賠償を求めた事案(東京地判令和元年12月6日)

1 事案の概要

 建物所有者が、隣地建物所有者、解体工事施工者、新築工事施工者に対し、隣地のビル建設工事に伴う土工事(山留工事等)により、外壁スレートが割れ、建物全体が傾き、室内の壁紙に亀裂が入り、隙間が開いたなどとして、共同不法行為に基づく損害金の支払を求めた事案。
 主たる争点は①解体工事での外壁損傷の発生、②山留工事による建物傾斜の発生、③共同不法行為責任である。

2 裁判所の判断

(1)解体工事による外壁の損傷について

 解体前の写真がなく、解体工事中の写真からは、解体前に外壁のスレートが割れていなかった、あるいは存在していたと認定できず、建物自体、昭和41年に新築され、本件解体工事の際には築49年であったことなどから、経年等により割れるに至ったものである可能性を否定することができないなどとして、解体業者の責任を否定した。

(2)山留工事による建物傾斜の発生について

 日本建築学会「建築工事標準仕様書・同解説」には、横矢板の設置に際しては、横矢板の裏側に裏込め材料を十分に充填した後、親杭と横矢板との間にくさびを打ち込んで裏込め材の締固めと安定を図る旨の記載がある。
 本件建物及び隣地新築ビルに近接するX1地点の地盤のN値は0ないし1程度であること、第1期山留工事では、隣地境界線から20ないし25cmほど離れた地点を少なくとも1.6m程度掘削し、H鋼の大きさを100mm×100mmとする親杭横矢板工法を採用したこと、横矢板の設置後に裏込め土の充填や親杭間にくさびを挿入するなどの措置は講じなかったことが認められるところ、これらの事実関係に加えて、専門家調停員本件意見書における意見も踏まえれば、第1期山留工事は、本件建物全体に影響を及ぼすとまではいえないが、山留壁の変位を許容し、隣接地盤の緩みを生じさせ、本件建物の基礎の変位を招く可能性のあるものであったと認められる。
 そして、第2期山留工事では、山留壁より隣地境界線側を掘削しているのに、掘削する前又は掘削に合わせて掘削箇所を合板で押さえる措置を講じていないことが認められるところ、専門家調停委員の意見も踏まえると、第2期山留工事は、本件建物の全体に影響を及ぼすとまではいえないものの、本件建物の東側の基礎直下の土が側方からの支持力を低下させ、又は側方から応力を開放して本件建物の基礎の沈下を生じさせる可能性のあるものであったと認められる。
 上記認定したところに加えて、専門家調停委員の意見を総合すれば、本件山留工事によって、少なくとも本件建物の東側基礎部分が本件山留工事によって沈下した可能性があると認められる。そして、上記認定事実によれば、本件建物の床下の畳部を支える大引きや床板と、土台、柱、壁は縁が切れていたこと、本件山留工事後の平成28年2月13日の調査時点で本件隙間があることが確認されていたこと、本件新築工事前の平成27年3月に本件建物には賃借に先立ち現状確認がされ、開店準備のための畳交換などが行われていたことが認められる。そして、上記の賃借と開店に至るまでの経緯の後において本件隙間が残っているとは通常考え難いから、本件山留工事の約3ないし4か月前には本件隙間は存在しなかったものと推認される。以上に加えて、専門家調停委員の意見も踏まえると、上記の本件山留工事によって本件建物の東側基礎が沈下する可能性と、本件山留工事の約3ないし4か月以後に本件建物の1階東側に本件隙間が発生したこととは整合するものといえる。    
 これまでに説示したところを総合すると、本件においては、経験則に照らし、本件山留工事が本件隙間の発生を招来したことに関しては、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうる程度に立証されているものといいうるから、本件山留工事と本件隙間の発生との間には因果関係があると認められる。

(3)共同不法行為の成立について

 建物所有者は、一級建築士の資格を持ち、隣地建物の設計監理者であるというだけでなく、所有者、発注者であるという地位を併せ持ち、かつ、建築の専門知識をもって現場において、常時、直接本件山留工事を確認していたなど具体的な事実関係の下では、隣地所有者としては、施工業者の本件山留工事の施工によって周辺地盤に影響を与えることのないように注意すべき義務を負い、第1期山留工事に接した際には、自立式ではなく切梁式の土留め工法や、より大きなH鋼の使用を検討し、施工業者に是正を指示すべき義務を負っていたというべきである。それにもかかわらず、これを怠り、施工業者の施工を許容していたと評価せざるを得ないから、上記注意義務に違反したと認めるほかない。
 したがって、隣地所有者には、過失があり、施工業者による本件山留工事の施工と隣地所有者による注意義務違反とは客観的に関連共同するから、共同不法行為(民法719条前段)に基づき、連帯して、本件山留工事によって発生した前記隙間等につき損害を賠償すべき義務を負う。

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 本件のように、近隣での工事により建物が傾いたり、壁に亀裂が入ったりするなどの被害が生じる事例があります。その場合、工事前の建物状況を写真等で保存しておくと、工事前後の対比ができるので、立証がしやすくなります。施工会社が事前に施工前の状況について写真撮影を求めてくる場合もありますが、施工会社が求めてこない場合は、施工業者に依頼したりることも、自ら写真を撮影しておくことも必要です。
 本件は、隣地所有者の責任も認められましたが、これは、隣地所有者が設計監理者であり、現場で指示を出していたという特殊事情により認められたものと考えられます。

(2022.12.4)